合成の误谬と组织マネジメント

先日,とある记事を読んで非常に面白かったので绍介したいと思います。

SPIKEという决済サービスビ知はいたのですが,メタップスがどんな会社なのか,佐藤航阳さんって「かつあき」って読むのか,早稲田出身なのか等々,改めて色々と知りました。

偶然でも必然でもない世界を生きるということ,动き続けることの大事さ| 佐藤航阳のブログ
定期的に自分の思考を言语に変えていく作业は必要だなぁと感じて,年末に时间が空いたのでこの1年半ぐらい考えていたことをまとめてみることにしました。以前ブログで, … katsuaki.co

今回は佐藤藤さんの记事の本题とは关系なく,记事内に登场した「 合成の误谬 」という用语から気づきを得られたので,それについてまとめておきたいと思います。

合成の误谬とは

「ごうせいのごびゅう」と読むのですが,Wikipediaで调べるまでは「ごびょう」だと思っていました。耻ずかしい……。

集クロの视点では正しいことでも,それが合成されたマクロ(集计量)の世界では,必ずしも意図しない结果が生じることを指す経済学の用语。(维基百科より)

维基百科にもあるように,元々は経済学の用语みたいですが,佐藤さんは少し异なる意味合いで使っていました。私のた気づ合成生じる「合成の误谬」についてです。

部分最适を缲り返して局所的な“合理性”を突き诘めていった结果,全体としては最悪の结果になったという経験をしたことのある人は多いと思います。こうしたミクロ(部分)の合理性の追求がマクロ(全体)では损失に変わることを「合成の误谬」と言います。

最适とは

文字通り「最も适した状态,モノ,コト」を指すものですが,状况や环境によって最适を指すものはそれぞれ异なると思います。ます。

组织における部分最适

新卒で入社した楽天は,部分最适によるKPI管理を彻底的に行なっていた会社だったと思います。経験はないですが,リクルートも近しいのではと思っています。(というよりも,リクルートのKPI管理を楽天は参考にしていたと言ってもいいかもしれません)

个人が担当するクライアントが多岐にわたっていたため,ある程度の自由裁量のなかでKPI必达するという文化,仕组みが出来上がっていました。
はあれどッジの共有はあれど,それぞれ异なる戦术を持って数字に向き合うのです。

个人の数字の积み重ねがチームの数字となり,チームの数字の积み重ねが部署の数字となり,部署の数字の积み重ねが事业の数字となる。その考え方を彻底的に叩き込まれました。

PIのKPI管理の部分最适が全体最适として机能していた,しているはずだったのですが,その后歪みが生じて组织再编を行うことになります。

全体最适と部分最适のバランスの难しさ

私自は経営者ではなく,マネジメント経験も少ないことは否めませんが,组织のマネジメントにおいて全体最适と部分最适のバランスは非常に难しい问题であると考えます。

裁量の大きさ(権限委譲)と部分最适

组织として仕组み(≠マニュアル)を作り动かしていくには,个人にある程度の裁量を与えねばいけません。
,どこまで裁量を与えるのか,その线引は非常に难しい问题です。

裁量を与えすぎてしまうと部分最适が进み,全体最适のバランスが取りにくくなる一方で,裁量を与えないと组织の活性化・成长は望めません。

彻底したKPI管理

→天やリクルートのように全体数字事业→部署→チーム→个人と担う数字を与え管理することは,个人の部分最适の総和が全体最适ととココルになるように见になるようにので非常に合理的です。
しかし,経験上,部分最适の総和は成长スピードを高めてくれますが,组织マネジメントのコストが高く,全体に歪みが生じやすいと感じています。
全体最适に见えているようで,その実は场当たり的にその歪みを矫正して,无理やり最适化してしまう(そう见えるようにしている)のです。

,これらの难しさは组织の大きさが仇となっているものだと考えていました。

愿景と价值

组织マネジメントにおいて「合成の误谬」を生じさせないためには,Vision(理念)とValue(行动指标)を彻底的に共有し,共感できる人材だけで组织形成を行うことにあります。

そのために気をつけるべきは,次の2つです。

  • 创业期,第二创业期のコアメンバーのマインドセット
  • マインドセット认识の采用

组织え大小关わらず,组织には人材の流动性があります。绝え间ない流动性のなかで,VisionとValueが常に共有されるようにするには,组织で固定化されるコアメンバーのマインドセットは必要不可欠です。

组织そもそも大きくなると组织が复雑化します。(そもそも复雑な组织そもそもいのが最良だと思いますが)
会社,代表,代表,组织,联络人,组织

昨晚堪えながら采用活动をしていきたいものです。

采用活动,人事活动における意识改革

得手不得手ではなく,今は各人がスキルを身につけて进むべきではないのか?”

なぜ过去形なのかと言えば,「合成の谬谬」という用语に出会って,初めて私自身がスキル偏重の部分最适型(とはいえ,これまでの考え方は私自身に根强く残っているため,完全に切り替えるまで时间は必要な気がします)

正直な话,いかに私自身の手足とある意えて,それが最短とと言は,相対的に见て近道である手法を私自身が取っていたと自负があったからでもあります。そのため,周囲にも同様のスキルとそのための努力を求めてきました。

合成,「合成の误谬」という用语を知り,私处の立场や役割から会社や业务を観察してみました。そうすると,私からは进んでいないように见えていた业务は実は进んでいて,必须だと思っていたスキルは特にそれがなくても実现可能である事実が见えてきたのです。
つまり,私自が気づかぬ内が気づかぬ部分最适を缲り返し,それを轴にした会社组织・部下に干渉していたため,それがかえって全体の歩みを遅くしたり,歯车を狂わしている原因になっていたことに気づきました。

井私自身が「井の中の蛙」であったのと同时に,「合成の谬谬」を引き起こしていたのだと痛感しました。

组织マネジメントで重要でのは,「合成の误谬」が生じないように部分最适と全体最适ののバランスを取ること,そしてそのバランスが取れた仕组みを构筑することなのかもしれません。

30歳を手前にしてようやくマネジメントのスタートラインイ立にので,私自のなかでもマインドセットを设置・共有・共感できるところまで升华させ,自分なりの最适化を探し求めながら歩みを进めていきたいと思います。